目次

一、大蔵寺由来 「縁起」
一、真言宗略説 「真言宗」
一、大蔵寺宗旨 「龍門真言宗」

雲管山医王院大藏寺 縁起

当山は人皇三十一代 用明天皇の叡願により、聖徳太子の御開基なり。

後ち弘法大師入唐帰朝し勝地を尋ねて先ずこの山に登り、真言宗本初の道場と定めらる。

嵯峨天皇臨幸ましまして忝くも震翰を染め大蔵寺の勅額を賜ひ勅願所となし給ふ。
中古は十八箇院の末寺を有し慶長六年には寺領五百五十石を加ふ。
近世に至り、やや衰微せしも尚山内7坊の大寺なりしは鐘銘に拠りて明らかなり。

開創以来千三百有余年、時に隆替ありしも法灯絶ゆることなく今日に及び主要の堂舎と多くの什物を失はず人家より1粁を隔つる浄域に一山地を成せる稀有の霊場なり。
(大蔵寺概要抜粋)

 

奈良県宇陀市、旧地名は龍門に在寺。
弥勒菩薩伝説の地。
聖徳太子開山、中興弘法大師の真言宗初の修行道場。
嵯峨天皇勅願所
 
唐より投げられし弘法大師の独鈷杵が当山に飛来し、高野山開山より6年前に弘法大師が道場とした為に元高野と呼ばれる。
弘法大師が唐より帰朝された後、この寺院を道場として法を伝えた。

当時、嵯峨天皇の勅願所とされ、代々師子相伝で伝承された大藏寺の真言秘法は鎮護国家、退魔、病気平癒など様々で、歴史の裏舞台で名を馳せた。
真言宗史、仏教史には必ず登場するも、山深い地理と歴史の表舞台に登場しないことから伝説の寺院と言われることがあるが、れっきとした実在する寺院である。
全盛期は近畿一帯に宗教勢力を誇り、近隣十数ヶ寺を有し、山内には14から20ほど有ったと言われる坊には200人ほどの僧侶が在籍、一時期は僧兵が山内警護をするなど隆盛を極めたが、栄枯盛衰の理で明治後期には廃仏毀釈、近隣暴徒に依る襲撃略奪等で一時衰退し、山内には坊跡と5堂が存在するのみとなる。
 
聖徳太子、弘法大師、役小角、丸山貫長など著名な宗教家や文化人を輩出してきた修行と種芸勧学の寺院であり、祈願寺院である。
特に児授けの秘法が有名で、祈願希望者が後を絶たない。
当代管長 獅豊



真言宗

 真言宗は弘法大師空海が開いた宗教で、仏教の中でも「密教」と言う部類に属します。密教とは秘密仏教と言いまして、その教えが単に人生観や道徳の規範になるだけに留まらず、宇宙的な因果によって繰り広げられる全ての現象の中の秩序にまで言及した宗教です。
 

 真言宗では人も宇宙の現象の一つであるとし、風が風であるように、火が火であるように、水が水であるように、人もまた人であるべきものであると考え、生命が生命である事、また現象が現象である事で発生する因果を善悪のみで判断せず、あるがままに受け入れる事が真言宗の特徴です。

 「死後の世界、あるいは来世で救われる」事を目的としているのではなく、今ある自分の本質を見極めて、束縛されない生命の本質と、社会の中で様々なジレンマを持つ人間としての業を融和して、超越して、生きている内に穏やかな境地に至る事を目的としています。
 

 また、宇宙意志(仏)を表す梵字、梵語を使用して真言を唱え、体の動き「印」を用いることが真言宗の最たる特徴です。

大蔵寺「龍門真言宗」

 宇宙から様々な事象が生まれ、存在しているのと同様に、それを説く真言宗にも様々な真言宗派、流派が存在しております。
龍門真言宗もその宇宙事象の一つです。

  龍門真言宗の教えは様々ですが、特徴的なもので尚かつ誤解を受けやすい龍門真言宗の考えの一つを例にあげると。「問題解決には暴力もその手段となりうる。」という考え方が有ります。
 これは争いごと、戦争や殺戮を肯定するのではなく、自他の共存や生命を脅かす者に対して、時間をかけて教えを説く事が出来ない場合。
 例えば、今まさに誰かが刃物で人を刺す瞬間には、その行為を阻止せねばならない手段として暴力も必要である。」と考えます。
 

 しかし、これを正当な行為として認めるのではなく、非暴力の戒を破った事による仏の罰をまのがれるものではありません。
 

 自ら罪を被ることを恐れて悪業をみすみす見逃す事があってはならない、という心構えとして教えられています。

 また、正しい暴力を用いることも教えられております。
 

 例えば医学。
 

 人命を救う手術は、場合によっては刃物で人体を切開しますが、これは正しい暴力です。


 闇雲に人を傷つける事とは違います。
 人命を救うのに必要な行為です。

 肉体だけではなく、心の病も同様です。
 慈悲の心を持って、智慧の刃で手術をする事も必要なのです。
 正しい暴力によって救済することも必要である、と考えるのが当宗派の教えの一つです。

 この考え方は扱い方を間違えれば、社会や世界を滅亡させてしまう諸刃の剣です。
 

 これは思いこみや思い上がりによって、悲劇を招き兼ねません。
 

 同じ力でも扱う者によって、善にも悪にもなってしまいます。
 

 ですから正しく学び、正しく扱う為に古来より大藏寺は修行と勧学の場とされてきたのです。

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